あろうことか十字架のしるしを忘れてしまう

修道生活

とまにちわ!

とうとうやってきた待降節。
クリスマスを準備する期間に入りました。
イルミネーションで街もいっそう美しく見える!
じっくりと年末気分を味わいたいと思います。

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さて、待降節に入って変わったことといえば、ミサ。
新しい「ローマ・ミサ典礼書の総則」に基づくことになりました。
が、これまでの習慣がなかなか抜けなーい!

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例えば、新しい福音朗読の時に、司祭が「〇〇〇による福音」と唱える時、
会衆も「主に栄光」と唱えながら、
司祭と同じように自分の額、口、胸に十字架のしるしをすることになりました。

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朗読前の答唱詩編辺りまでは、
「十字架のしるしをする」そう決めているんですけど、
アレルヤ唱で立ち上がった瞬間、さっぱり忘れてしまうのです。
おかげで、朗読の時には無心!
それも同じことを3日続けてやっちまってる!!
もう、さすがとしかいいようがない(苦笑)。

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そして、待降節で灯すアドベントキャンドルも、
使う前日の深夜に思い出して、超慌てて作って祭壇の脇に置いちゃったりして。
結局、去年と同じ形になっちゃって、なんだか申し訳ない気持ち。
このままだと、事態はたいへんなことになってしまいそうだ!

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この自信喪失感を払拭すべく立ち上がるべきなのか、
困ったことになったら忘れてしまうべきなのか、
キャンドルの炎を見ながら人生を見つめ直してみよう!

あとは僕が心を開くかどうかだけだと思う(苦笑)。

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