使徒の女王のノベナ 2015

修道生活

とまにちわ!

聖霊降臨の前日は、パウロ家族では「使徒女王聖マリア」を祝います。
なので、今はノベナの真っ最中!(後半に突入です)
使徒女王聖マリアのノベナは、夕方の聖体訪問の中で、毎日のテーマに沿って行っています。

ちなみに、5月19日のテーマは「感謝」。
まずは『パウロ家族の祈り』から「師イエス、来てください」を唱えます。
続いて、第一朗読「ルカ2・22〜40」を心静かに聴きます。
そして、再び『パウロ家族の祈り』から「使徒の女王聖マリアに向かう祈り」を唱えます。
さらに、第2朗読では、創立者アルベリオーネ神父の著書『誓約を生きる』から一節を読んで黙想します。

そんな『誓約を生きる』から、今日の指定箇所の一部をご紹介します!
今日のテーマ「感謝」について一緒に考えてみちゃいましょう!!

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「わたしたちは祈りの中で主要な位置を占める心は、感謝の心であるように。この感謝は心から出る誠実なものでなければならない。高慢な修道者は感謝することができない。この徳について深く糾明する必要がある。肉体的にも、精神的にも、自然的にも超自然的にも、わたしたちが今のわたしたちであるのは、神のご好意のたまものである。わたしたちは感謝しているだろうか。謙虚にそれを認めているだろうか。わたしたちが生きているのは、神のあわれみによるということを認識しているだろうか、「神の恩恵によって、わたしは今のわたしである」(1コリ15・10)

だから感謝を持とう。感謝の実は大きな喜びと神への信頼である。ときには、過ちを正してもらったり励ましてもらったりする大きな恵みを受けながら、それが自分の気に食わないからと言って不満を示す。これについてどう感じるだろう。わたしたちの確信はどんなものなのだろう。神に対してどのように感謝を示してきただろう。今までどのように行動してきただろう。こうした点について少し考えてみよう。

感謝は小さな徳で大したことではないと考えないようにしよう。聖アンブロジオは、一切のものは神から来たということを認めない限り、神を礼拝するという第一の義務も果たせないから、感謝は第一の徳であると考えていた。聖霊にこの徳を願い求めよう。わたしたちを恥ずかして、恥じる心で頭を垂れさせることがあるとすれば、それは、「あなたは恩知らずだ! 受けた恩に無関心だ! 冷たい心の人だ!」と言われることである。こうしたことは恥ずかしいことだ。しかし、多くの場合、わたしたちの神のたまものにも気づかず、それをありがたいとも思わない。「感謝を示せ!」(コロ3・15)という聖パウロのことばを思い返そう。」

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いつも感謝できる修道者でありたいなぁ。

今日もわざわざTomaPに来てくれてありがとうございます!
最近あまり言ってなかったけど、いつも感謝いっぱいです!!

・・・と、いきなり取って付けたようなまとめになってしまった(苦笑)。

ちなみに、明日のテーマは「忍耐」です。
なんでも忍耐は聖人を作るそうですよ!!

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