感謝の祭儀(ミサ)でやりたいこと

修道生活

とまにちわ!

なんだかお固いイメージのある感謝の祭儀(ミサ)。
でもそれはキリストからのとんでもないスケールの愛!
片思いは切ないので、両思いになれるように、パウロ家族に載っている感謝の祭儀についての解説を見ていきたいと思います。
ポイントは、正直に混ぜてください、ということだけです。
これでまたひとつ大人の階段をのぼれますね!?(笑)

DSC_0530

感謝の祭儀

感謝の祭儀(ミサ)の主な部分は「ことばの典礼」と「感謝の典礼」です。
ことばの典礼と感謝の典礼によって、道・真理・生命であるキリストとともに、聖霊をとおして御父に栄光を帰します。

ことばの典礼

感謝の祭儀の「ことばの典礼」では、年間を通じて福音書、旧約聖書の一部分を取り上げ、重要な真理と道徳上のおきてを示します。
聖書朗読配分には主日と、週日の二つの流れがあります。
神は、「多くのしかたで語られたが、終わりの時代には」(ヘブライ1・1参照)真理であるキリストのうちにご自分を啓示されました。私たちはその御父のことばを知性と意志をもって敬虔な態度で耳を傾けます。
「聖霊はすべて神の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。こうして、神に仕える人は、どのような善いわざをも行うことができるように、十分に整えられるのです」(2テモテ3・16〜17)。
師イエスは教会の中で教え、私たちはその永遠のいのちのみことばに、素直に心を開くのです。
このようにして感謝の祭儀に参加することは、イエス・キリストと教会の教えに従って、より正しく考えることができるということです。こうして知性をイエス・キリストにささげます。

感謝の典礼

道であるイエス・キリストは、賛美のいけにえとして御父にご自身を自発的にささげられます。私たちも自分自身を父なる神にささげながら、貞潔であり、清貧であり、十字架の死にいたるまで従われたキリストについていくことを決心します。
こうして私たちは、キリストの栄光ある復活の時に、かれとともに喜び楽しむのです。
キリストは、唯一確実な道です。その道を経て、私たちの「感謝のいけにえ」は、御父のもとに届くのです。私たちは地上で、聖なる模範であるキリストと一体となり、キリストとともにいることを熱望することによって、「祝福に満ちた希望、すなわち、偉大なる神であり、私たちの救い主であるイエス・キリストの栄光の現れるのを待ち望む」(テトス2・13)とともに、信仰に強められて天の国に目を向けるのです。
「感謝の典礼」では、さらに、御父が与えられているいのちであるキリストをいただきます。神のいのちは、あたかも樹液がぶどうの幹から枝に流れるように、私たちのなかに流れ、私たちを生かします。それは、使徒職をとおして神と兄弟姉妹たちへの奉仕の絶えることのない愛の実りを結ぶためです。
同じ食卓で、同じいのちのパンで養われている私たちは、兄弟姉妹との交わりをますます親密にし、「父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください」(ヨハネ17・21)との祈りに表れているキリストの願いを実現します。

DSC_0529
えー? 本当ですか!?
などと頭から否定しないで、素直に心を開いて耳を傾ける!
そして、キリストについていく!!

これって、簡単そうだけど、難しいことのような・・・。

それでも、毎日、素直に心を開いて耳を傾けていたら、何か変わるかもしれない!
だから、今日もゆっくり動いて深呼吸ですね。