煉獄と天使

修道生活

とまにちわ!

梅雨も明けて、いよいよ夏本番はまちがいない。
そして、修道院で夏に出てくる果物といえば、ぶどう!
果物好きなので、もちろん、ぶどうも好きなんですけど、デラウェアは苦手。
食べやすい小粒の種なしぶどうなのに、なぜか食べるのに時間がかかる!(皮を出すから?)
たたでさえ、食べるのが遅い方なので、食べるのを諦めることもしばしばだし・・・。
簡単においしく食べる方法があったら、ぜひ教えてください〜!!(笑)

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ところで、おいしく祈る方法(?)といえば、修道院で使う『パウロ家族の祈り』。
朝の祈り、ミサの式次第、ロザリオの祈り、十字架の道行きなどの定番から、パウロ家族固有の祈りなんかも網羅してある祈りの本。
ミサや聖体訪問、祈りについての解説なんかも載ってたりして、結構すごいんですよ。
そんな最強の祈りの本なんですが、実は載ってる祈りをまんべんなくすべて唱えることってなかったりします。
数ページにわたる長い祈りだとか、女子修道会固有の祈りだとか、共同で唱えることはまずないし。

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そんな「パウロ家族の祈り」を今朝なにげに見ていたら、最後の方に「注」があったんです(気づくの遅過ぎ)。
そこには「煉獄」と「天使」について書かれていたんです。
「煉獄」「天使」っていえば、なんだかちょっと、胡散臭いものと思われがちかも?
それで、わざわざ「注」にして載せているのかなぁ。

煉獄ってなに?
天使っているの?

そんな風に思っちゃうこと、ありますよねぇ。
これをよく読んだら、そうした疑惑が晴れるかもしんない!?
それとも、別の謎が深まるかもしんない!?(苦笑)

せっかくなので、みなさんといっしょに、その内容をみてみたいと思います!

煉獄

「煉獄」ということば、魂の清めの「場所」を示すために、しばしば使われていました。しかし、煉獄と呼ばれる場所を宇宙に設定することは不可能です。
確かなことは場所ではなく、「清めの状態」ということです。

1030、神の恩恵と、神との友情のうちに死んで、まだ完全に清められていない人びとは、永遠の救いは確かですが、死後、永遠の至福に入るための必要な聖性を得るために完全に清いものとならなければなりません。
1031、教会は選ばれた人びとの最終的清めを「煉獄」と呼んでいます。教会は、煉獄に関する信仰の教義を特にフィレンツェ公会議(1438〜1445)とトレント公会議(1545〜1563)において明らかに宣言しています。教会の伝統(聖典)は、聖書のいくつかの箇所に基づいて清めの火について語っています。(1コリント3・15、1ペトロ1・7)
1032、煉獄の教えは死者のための祈りの実践にも基づいています。このことについて聖書はすでに2マカバイ12・46で言及しています。教会は、初期の頃から、死者の記念を尊び、かれらの冥福のために、特に聖体祭儀(ミサ)をささげました。それは、清めの人びとが神の至福直感に達することができるためでした。教会は死者のために、施し、免償、償いのわざを勧めています。
(『CATECHISMO DELLA CHIESA CATTOLICA』1992年)

・煉獄は場所のことではなく、清めの状態を指す。
・最終的清めが煉獄。
・完全に清いものとなると、永遠の至福に入る。
・清めの人びとが神の至福直感に達することができるよう、死者のために祈り、ミサを捧げる。
・教会は死者のために、施し、免償、償いのわざを勧めている。

天使

328、聖書が常に「天使」と呼んでいる霊的被造物の存在は信仰の真理です。聖書も聖典も同様、はっきりと教えています。天使は神に仕えるもの、神の使者です。
330、純粋に霊的被造物としての天使は、知性と意思をもっており、すべての可見的被造物に完全にまさっています。
334、(守護の天使)人の人生は幼少期から死の時まで、天使の保護とその取り次ぎに囲まれています。「各信者は自分のそばに、いのちに導いてくれるための守護者としてまた牧者として、天使をもっています」(聖バジリオ)。すでにこの世から。キリスト教的生活は信仰において、天使と神に一致している人びとの幸せな共同体に参与しています。
(『CATECHISMO DELLA CHIESA CATTOLICA』1992年)

・天使は信仰の真理。
・天使は神に仕えるもの、神の使者。
・天使は、知性と意思をもっている。
・人はいつも天使の保護とその取り次ぎに囲まれている。

うーん。分かったような、分かんないような・・・。
これは、信仰の目で読んで!
信仰の心で感じ、信じる!!
そんなものなのかもしれないですね。

個人的には、白か黒かはっきりするよりも、グレーでもいいんだ的な感じが好きなので、天国と地獄の間にある煉獄、神と人との間にある天使というのも、その状態や存在はグレーっぽい(?)ので嫌いじゃないというか、逆に世界をぐっと広げてくれる感じがしていいなぁと単純に思ってしまいます(苦笑)。

あれ、なんだか、近頃稀に見る、不思議な回になってしまったような。

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