文明の利器に振り回されない

修道生活

とまにちわ!

新年早々に悲しい話はどうかと思って、お伝えするのが遅くなってしまいました。

実は、昨年の12月29日(日)に、聖パウロ修道会の谷口不二男神父がイエスのみ元に召されました。享年76歳でした。

ここで哀悼の意を表して、『聖パウロ修道会 来日75周年』(2009年発行)から、谷口不二男神父のエッセイを転載させていただきます。

2007101928Sassi29

右から3番目後方が、在りし日の谷口不二男神父

コンピューター時代の落とし穴
谷口不二男 神父
2009年6月、聖パウロ年の最後にシリアとトルコのパウロの足跡を辿る巡礼を行うことができました。旅行中に体験したことを来日75周年の戒めとして、記事としたいと考えました。
現代社会はその技術文明の恩恵によって大変便利になっています。特に情報の伝達手段には目を見張るものがあります。一見、何でも出来るかに見えます。
私たちの今回のシリア・トルコ巡礼旅行のお陰で、全く予想もしなかったハプニングを体験したが、これは私たちの中で、かえって爆笑の種でしかありませんでした。それはサウロと復活のキリストが出会った場所とされるダマスコ途上の地に見られるヴィジオン教会やアナニアスの家、直線通りなど、聖書の中で読みなれている場所に感動的な案内をしていただき、アレッポなどシリアの巡礼を終えた後のことでした。この巡礼があまりにもすばらしかったし、さあこれからトルコに入るぞと言うときにおきました。
巡礼は進んでシリアとトルコの国境を通過することになりました。アレッポからトルコのアンティオキアに移動中に国境を通ります。シリアからトルコに入国するには空路、海路、陸路のルートがあります。私たちは陸路、つまり徒歩か車で通るルートをとりました。シリアのガイド、イーハブさんはこれから私たちの案内をしてくださるトルコのガイド、ヤン・ウールさんと何度か携帯電話で連絡をとっていました。
国境に着いて、私たちを降ろし、荷物も全部下ろして、パスポート・チェックを済ませて、国境の向こう側を向いて「ハイ、これから150メートル先にトルコの通関所があります。私たちはここまでしか入れませんので、荷物を持ってあの中央の通関所に行ってください、その向こうに、トルコのガイドさんとバスが待っていますので安心してください。連絡は取れています。さようなら」でした。そして、そのまま立ち去ってしまいました。私たちは「そうですか、ありがとうございました」と挨拶をして、すべての荷物を押したり、担いだりして、両国の中間点に急いだのでした。パスポートコントロールに約1時間ぐらいかかったでしょうか。やっとアンティオキア(現在のアンタキヤ)にたどり着けると思い、安堵しながらトルコ側の出口に向かったのでしたが、着いてみると、そこにはガイドどころか、小型のバスもない。おいおい、どうしたのだ。
やむなく、通関所の役人さんに「すみません。迎えが来ていない。連絡をしたいので、電話をかけさせてください」と頼んだところ、無愛想なこの役人、来なさいといって私に、まず、ペットボトルの水を一本くれて「どれどれ番号を見せて」ときました。間もなく、相手が電話に出ました。『日本語だよ』と言って渡してくれました。「アー、谷口神父様、すみません。私は隣の国境に待っていました、すぐ行きますから待っていてください、1時間ちょっとかかります」と流暢な日本語が帰ってきました。「ハーイ、待っています、早くしてくださいね」で電話は切れました。同行者にそれを伝えると、大笑いで怒りだす人など一人もいませんでした。それぞれ、スーツ・ケースからせんべいやお菓子などを持ち出して分かち合っていただき、冗談を言い合っている間に、小型バスがやってきました。やあ、救われた。異国の砂漠の中で、どうしようと考えたこともあったのですが。つまり、私たちは国境は国境でも、ヤイラダムと言う国境地点で待っていたのに、彼らは隣のもう一つの国境地点に行って待っていたことが分かりました。
バスに乗り、ガイドさんが、一生懸命に謝った後に、「勘違いでした……ごめんなさい……」。私は多くを言わせず、「ヤン・ウールさん、大丈夫、この巡礼団は聖霊に満たされて、今、満足した状態にあります。不平不満を言う者は一人もいません。一切、気にしないで欲しい」と言葉をさえぎり、案内をお願いしたところ、彼も理解してくれて、いろいろと案内をし始めました。10分も立たないうちに、さっきのことは忘れ去られ、その後、成田に戻って来るまで私たちの話題にはなりませんでした。それほど、シリア、トルコには我々を夢中にさせるパウロの足跡、その印が多かったということでしょうか。
さて、その原因はといえば、携帯電話にあったのだろうと思われます。固定の電話だと、かけてすぐに「もしもし、どこそこの国境ですが」と言う。でも携帯電話だと、すぐに内容から始めることが出来ます。つまり、同じ国境地点にいることを前提にしています。移動中のことでもあり、思い込んでいるわけであります。国境に着く前に二度も三度も交信しながら、全く違ったところにいたのに気がついていません。
そのとき私は考えました。現代社会においては、すばらしい文明の利器があります。しかし完全と思われているコンピューターやそれにつながる機械は人間の考え、たとえそれが間違っていても、それを指摘してくれるものではありません。指示される通りに動いてくれます。私が考えて行動し、指令を出すことが大切であることを肝に銘じました。文明の利器に振り回されないことが肝心ではないでしょうか。社会的コニュニケーション・メディアを手段として使徒職を生きるパウロの弟子たちにはちょっと考えさせられる出来事ではありました。
さて、来日75周年を迎える今年、聖パウロ修道会は世界の、そして日本の社会に教会から与えられている宣教の一分野を担っていこうと大きな努力を先達の会員たちはしてくれましたし、これからもしていくでしょう。アルベリオーネ神父が遺してくれた大きな使命を種々の落とし穴から守っていただき、教会の教えに忠実であり、確実に貢献出来れば、これに勝る幸いなことはないと考えます。

個人的には、あまり交流することがなかったんですけど(所属する修道院も違っていたので)、パワフルで個性的な神父さまという印象。なかなかしゃべらない自分にも優しく接してくれました。こんなことなら、もうちょっと話していたら良かったなぁ。

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