9月はみことば推し

修道生活

とまにちわ!

パウロ家族では2017年9月は「みことばの月」と決まりました。
それも世界中で!!
いつも通りぼんやり暮らすわけにはいかないのかも…。

こう書くとなんだか小難しい感じに聞こえますが、きっとそんなことはないハズ。
書き出しは「愛する兄弟姉妹の皆様へ」と書いてあるし、
せっかくなので、その文章をいっしょに見てみましょう!

愛する兄弟姉妹の皆様へ

みことばが使徒パウロのうちに成し遂げた、恵みの最高傑作を記念するこの特別な日に、すでにわたしたちの心に深く刻まれたであろう教皇フランシスコの言葉を、わたしたち(パウロ家族の修道会の総長たち)は受け入れたいと思います。実際に、使徒的書簡「あわれみあるかたと、あわれな女」の一節は、わたしたちをパウロ的召命の源泉へと立ち返らせると同時に、わたしたちにとって、より大きな熱意をもってみことばを再びみずからの生活と使命の中心に置くための強い刺激でもあるからです。

「聖なる書物をとおして」ー教皇はわたしたちに想起させますー「主はその花嫁と語ることを続け、たどるべき小道を示します。それは救いの福音がすべての人に到達するためです」。このため、教皇は「神の言葉がますます祝われ、知られ、そして広められる」ことを望み、この目的のために明確な指針を提示します。

「すべてのキリスト者共同体が、特定の主日に、聖書を広め、学び、深める決意を新たにできたらよいでしよう。主とその民との間の対話から生まれ出る、くみ尽くすことのできない豊かさを理解するための、全面的に神にささげられた主日です。創造的な企画によってこの機会は、信者がみことばを伝達する生きている器となることの助けとなるでしよう。この種の企画には、確かに霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)が広く実践されることが含まれます。それは聖なるテキストを祈りとともに読むことによって、霊的生活が支えられ、強められるためです」(教皇フランシスコ使徒的書簡「あわれみあるかたと、あわれな女」7)。

福音は、アルベリオーネ神父からわたしたち皆にゆだねられた貴重な遺産です。創立者は想起しています。「主がパウロ家族に与えようと望んでおられた偉大な富、すなわち福音の普及について、いっそう明るい光を、礼拝のうちに受けたときがあった」(AD136)。この光はパウロ的使徒職の典型的な形態に霊感を与えることになります。あらゆる家庭に福音書を(AD140参照)。あらゆる出版のモデルであり、霊感を与える福音書(AD141参照)。特別な儀式をもって礼拝される福音書(AD142参照)。こうして、創立者は当然のことながら「出版の使徒職」が聖体とみことばの食卓に足しげく通いながら形づくられることを強調することになります(FSP41、p.137参照)。

そこで、すでに第34回パウロ家族総統治会合の最終メッセージでもお知らせしたとおり、創立者の指針に忠実であると同時に、教皇フランシスコの訴えに答えて、わたしたちは9月が全パウロ家族にとっての「みことばの月」であるようにと望みます。この視点に基づいて、可能なところではパウロ家族レベルでーみことばの深めの時間やその告知の企画、福音の日、聖書週間などを生き、準備することができるでしよう。

また、9月の最終日曜日をー特に、その地域の教会で何の取り組みもなされないところではー「みことばの主日」とするように望みます。

聖書、すなわち、わたしたちの使徒的いのちを養う「炎の書」(教皇フランシスコ)が、わたしたちを大いなる創造性、実り豊かな協働へと駆り立て、このようにして世界全体であるこの「大いなる小教区」の福音宣教に向けて全身を傾ける唯一のからだー修道者と信徒がであることを望んだ創立者のインスピレーションが実現することを、わたしたちは確信しています。

皆様に心からのあいさつと愛に満ちた抱擁を。

Fr.ヴァルディール・ジョセ・デ・カストロ(ssp)
Sr.アンナ・マリア・パレンツァン(fsp)
Sr.レジーナ・チェザラート(pddm)
Sr.マリア・フィノテッリ(sjbp)
Sr、マリーナ・ベレッティ(ap)


すてきなお言葉ありがとうございます。
ただ、教皇フランシスコの言葉をたくさん引用して、「愛に満ちた抱擁を」で締めるだなんて。
なんだかそれってずるい!
こちらの意志に関係なく相手をコントロールできてしまう、遠隔操作系の技なのでは…。


ということで、9月は「みことばの月」。
余計なことは考えず、ポジティブに取り組めば、自己実現へのモチベーションも格段に高まっちゃいますね!
間違いなく!!
あ、念のため言いますが、まったく揶揄するつもりはありません。
てへ。

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