使徒職

文化放送の開局時の歴史を探ってみた

とまにちわ!

今回は、東京にある文化放送(ラジオ局)の開局時の歴史を振り返ってみる回です。
もともと文化放送は、聖パウロ会が宣教を目的に設立したというのはご存知ですよね?
ちなみに四谷にあった初代局舎・演奏所(若葉修道院のお隣)は、今、高級マンションになっています。
※非常用の予備送信所は設置しているそうです。

玄関には『文化放送 発祥の地』の碑が掲げられています

聖パウロ会の記念誌で語られる放送事業についての記述は、当時の思いも込められていたりして興味深いんです。というか、今の聖パウロ会からは想像できないくらいの情熱や行動が☆キラキラ☆しててとっても眩しい! そんな輝いていた頃の様子と、開局から数年でむかえる挫折感も同時に味わってみたいと思います!!(苦笑)

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建設中の文化放送

マスコミの影響は恐るべきもの

ラジオのスイッチをひねると、背徳をたたえるような内容の番組が放送されたり、真理に逆らう放送が公然と続けられることがあります。これはただラジオだけに限ったことではありません。
現代マスコミといわれているものの多くが、悪い目的のためではなくても無益なもの、あるいは真理をゆがめるものとして数知れずくり出されている状態です。しかもこのマスコミの影響は恐るべきものであり、偽を真と思い込ませるにじゅうぶんに役立つものなのです。
ですから現在、心ある人はこのマスコミに対して一種の不安と恐れの念をいだいて、人びとにその反省をうながしているのです。

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中には本格的な聖堂も作られました

神の栄光と人びとの平和のため

聖パウロ会は、このマスコミの濫用という現代悪と対決するために立ち上がった一つの修道会であり、マスコミを善用して「神の栄光と人びとの平和」のために、すなわち、人びとの霊魂の救いのために尽くそうとするものです。
聖パウロ会が設立されたのは1914年のことです。その後、マスコミのよき利用を目指す聖パウロ会は次第に発展し、1934年には日本にもその支部を持つにいたりました。

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共願者たち

聖パウロ会による放送事業

第2次世界大戦中は民間の放送局は許可されませんでした。しかし、1948年の夏、進駐軍総司令官マカーサーの指令により、民間放送局への道が開かれることになりました。
マスコミの手段を宣教の手段として掲げている聖パウロ会は、これを放送事業の好機と見て、直ちに必要な研究を進め、同年1948年12月25日には開局申請書を提出しました。

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文化放送のスタッフ(?)

放送局申請

1949年、聖フランシスコ・ザビエル渡来400年にあたり、オーストラリアよりギルロイ枢機卿が来日されたとき、同枢機卿代理のマクドネル・ニューヨーク副司教によって放送局に使用される予定の「聖パウロ会館」の定礎式が行われ、建築が開始されました。

東京における民間放送局申請者は27の多きにのぼり、そのうちわずか2局が放送免許を与えられることになりました。
その一つは新聞社関係を合同した「ラジオ東京」で、ほかの一つが聖パウロ会を中心に、その他の宗教、文化関係者が合同した財団法人「日本文化放送」でした。これは、多数の共願者の調整と、宗教不偏の理由によって、聖パウロ会は他の出願者と合同しなければ、放送免許を得ることができなかったのです。なお、マルチェリーノ神父は外国人のゆえに、当初の理事に加わることはできませんでした。

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演奏所

日本文化放送協会の設立

種々の困難にもかかわらず、好意ある多くの人びとの協力と援助によって、1951年に財団法人「日本文化放送協会」(NCB)を設立、1952年3月31日に開局しました。
番組の一例としては、聖劇、グレゴリアン聖歌、信心生活入門、道徳教育の助けになるものを放送したほか、一年中の各祝日に、特別な宗教音楽などを放送し、一時は、ラジオによる真・善・美の理想の普及は成功するかにみられました。
しかしながら、理事間の見解の違いや経済問題等により、財団法人としての存続が困難となりました。

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共願者と役員たち

財団から株式会社へ

やがて、日本文化放送協会は、「真・善・美の理想にもとづき健全な思想と豊かな教養をつちかい、日本民族の興隆と文化の向上に寄与する」ことをその基本方針として保ち続けながら、1956年に財団から株式会社に改織されました。

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埼玉県川口市にある文化放送の送信所

参考:
テスティ神父「ラジオによる布教事業〜聖パウロ会におけるラジオ放送」:『聖パウロ修道会来日25年』1959年発行
桑島啓吉神父「放送事業」:『聖パウロ修道会創立100年の歩み』2015年発行

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